REPORT
レポート

【開催レポート】2/20  ひなまつりの室礼講座&車屋の行事食(前編)

【開催レポート】2/20 ひなまつりの室礼講座&車屋の行事食(前編)

REPORT レポート

2/20(水)に行われた「四季彩 和倶楽部」第2回イベント「ひなまつりの室礼講座&車屋の行事食」の様子をレポートします!

「ひなまつり」らしい麗らかな一日

当日は、まさに“ひなまつり日和”とでもいうような、本格的な春の到来を感じさせる暖かさ。桃の花が活けられた昭和の森 車屋の大広間には、ひなまつりとあって女性ばかり総勢約50名が集まりました。

「室礼」がまったく初めての人もいれば、長年、講師の枝川寿子先生に習っているベテランの方まで、大広間は華やかな熱気に包まれています。

講師は室礼研究会ゆずり葉の枝川寿子先生。まずは「ひなまつり」の由来や「室礼」についてたっぷり座学でお話くださいます。時々笑いも漏れる和やかな講座でした。ダイジェストでお届けします。

奇数が重なる日が節供

「日本の節供の日というのは、“奇数”が基本です。これは中国の陰陽五行説で、奇数はめでたい“陽数”で、偶数は“陰数”だからなんですね。すべてのものが陰陽で考えられていて、それが日本に入ってきました。中でも、3月3日の桃の節供、5月5日の端午の節供、7月7日の七夕の節供、9月9日の重陽の節供のように、奇数が重なる日があります。
じつは奇数が重なるとさらにおめでたいというわけではなく、“陽が重なると陰になる”といって、悪いことが起きると考えられていたので、お祓いをしたんです。これらに1月7日の人日の節供を合わせて、江戸時代には“五節句”が定められました。本来なら1月で奇数が重なるのは1月1日ですが、1月1日はお正月として別格なので1月7日です」。


△講師の枝川寿子先生(左)と助手の久保田裕子先生(右)

ひなまつりの成り立ちとは

「ひなまつりは“上巳”の節供。最初の巳の日の節供という意味です。ちょうど旧暦の3月3日頃は暖かくなってきて蛇が脱皮する頃。蛇は再生の象徴で、再生を願いました。古来中国では、この日に川辺で青い草を踏んで、川の流れで身を清める禊をしました。そして酒を酌み交わして穢れを祓ったわけです。これを踏青(とうせい)といって、青い草を踏むことでエネルギーをいただいたんですね。後に、庭園に造られた水の流れに、桃の花びらを浮かべたお酒を入れた盃を流して、杯が通り過ぎる前に詩歌を詠んで杯を取り、お酒を飲む“曲水の宴”へと発展していきます」。


△熱心にメモを取る参加者の皆さん

「これらの古代中国の行事に、日本の”人形(ひとがた)”に穢れを託して水に流した祓の行事が習合していきます。これが“流しびな”の原点なんです」。

そう言って、先生が見せてくださったのは米俵のフタである“桟俵(さんだわら)”にのせた流し雛。鳥取県鳥取市用瀬(もち
がせ)の流しびなで、今でもこの地域は流しびなの里として有名なのだそうです。


△鳥取県鳥取市用瀬の桟俵の流しびな

流しびなから、立ちびな、座りびなへのお雛様の発展のお話、そして、上巳の節供の別名を“桃の節供”という意味など、話題は尽きません。

桃に宿る不思議な力

「上巳の節供の別名を“桃の節供”というのは、“桃は百鬼を制す”といって、桃に強い力があると信じられてきたからです。だから『桃太郎』は桃なんですね。りんごやみかんじゃだめなわけです。

他にも、中国の不老不死の仙薬をもった仙女「西王母」の伝説と結びついた長寿の象徴だったりもしますし、日本では奈良県の纒向(まきむく)遺跡から、桃の種が三千個ほど出土したりして、どうやら祭祀に使われていたようだとか、昔から桃の木に不思議な力があるとされていました」。


△フォレスト・イン昭和館ロビーの室礼。桃の菓子が盛られている(右)

「『古事記』のイザナギ、イザナミのお話の桃は有名です。火の神を生んだ時に死んでしまったイザナミを追って、イザナギは黄泉の国へ行きますが、そこで見たのは蛆が湧いたイザナミ。びっくりして逃げ帰るイザナギを、化け物が追いかけてくるわけです。その時に桃の木から桃の実を三つ取って投げつけて退治したと、ここにも桃の強い力が描かれています」。

関東と関西で、お内裏様とお雛様の位置が逆の理由とは

お雛様の飾り方で気になるのが、女雛と男雛の位置。関東では“向かって右が女雛、左が男雛”ですが、関西や北前船で関西の文化が伝わった山形などでは“向かって右が男雛、左が女雛”なんだとか。


△フォレスト・イン昭和館ロビーの雛人形は、向かって右が男雛の“関西”の飾り方

「昔から日本には“左が上位”という考え方が中国から入ってきていたので、元々は関西の飾り方が最初にありました。中国では古くから“天子(皇帝・天皇)は南面を制す”という言葉があり、天皇は北を背にして南を向いて座ったのです。すると左が東になりますね。太陽は東から上ってくるので、左が上位とされました。段飾りの他の段でも、天子から見て左側が上位……つまり雛壇を見る私たちから見れば、逆に右に飾られている人形が上位ということです。例えば左近の桜と右近の橘では左近の位が高く、三人官女や五人囃子も、私たちから見て右側から年功序列になっています」。


△昭和の森 車屋のロビーの雛人形は、向かって左が男雛の“関東”の飾り方

「でもなぜか、お雛様とお内裏様の飾り方だけは関東と関西で逆ですね。これはなぜかというと、明治維新後、西洋の文化が入ってきましたが、西洋では右が優位の立ち位置なんです。大正天皇が即位の礼で皇后陛下の右に立たれたことから、明治以降に首都がおかれた東京を中心に、この風習に変わったんですよ」。

ひなまつりを祝う植物の盛り物

中央のテーブルには、朝、先生が盛ったひなまつりを祝う植物が。一つひとつ取り出して説明してくださいます。


△ひなまつりの盛り物

「ここにある植物はすべて根をきれいに洗い、根ごと盛っています。今の私たちがあるのも“先祖という根”があってのこと。だから室礼では根を大切にして、“根洗い”をしてそのまま盛ります。根は洗ってよく見ると、とてもきれいなんですよ」。

久保田先生が植物を持ち、席を回って見せてくださいます。

「まず萱草です。萱草は芽が出てくる時に、着物を着たような姿で芽吹きます。そこから別名お内裏草とかお雛草とか言います。若いものは酢味噌などで食べたら美味しいですよ」。


△萱草

「次は貝母(ばいも)、百合の仲間です。球根の形が二つに割れています。貝母には“母”という字が入っているでしょう。そういう云われのある言葉で縁起よく“言葉を盛る”ということ。これはまだつぼみですね」。


△貝母

「それから蕗の薹。春の訪れを告げる代表格です。蕗の薹が満開に咲いた状態を別名“歓花(かんか)”と言います。歓喜する花。これもおめでたい言葉を盛るということです」。

「次は百合根。根が爪みたいにたくさん重なり合うので“百合”という漢字を書くといわれています。大きな球根の中から二つ芽が出てきますので、それで女雛と男雛を表します。百合根は別名を“和合果(わごうか)”と言って、結婚式にも使われる夫婦和合の象徴なんですよ」。


△百合根

「それから春蘭。今は花芽が出ていませんが、花芽が出るとその見た目からジジババと呼ばれたりします。春蘭は春の喜びを表しています。他に、黄色い水仙と芹が入っています。芹は春の七草の一つで、万葉集にも出てくる古い植物です。新芽がたくさん勢いよく出てくるのが競い合っているということで“競り=芹”ともいわれます」。


△春蘭

ひなまつりは女子教育のはじまり

この他、ひなまつりの行事食について、蛤のお吸い物や菱餅、雛あられ、ちらし寿司など、それぞれの意味も教えてくださいました。

「ひなまつりに蛤のお吸い物は付き物ですね。二枚貝の蛤は、貝殻同士が同じ貝にしか合わず、他とは決して合わないということで夫婦和合を表し、結婚式でもよく食べられます。また蛤は汚い水の場所にいると、すぐにきれいな水に移動するほどで、清廉潔白の象徴、女性の貞操を表すので、ひなまつりに食べられているんです。

平安時代から伝わる“貝合わせ”という、蛤の貝殻を使った神経衰弱の高貴な遊びも、じつは“将来のたった一人の伴侶を探す”という女子教育の一つ。高貴な人がお輿入れする時には、貝合わせの貝を入れた貝桶を必ず嫁入り道具にしました」。

「お子さんやお孫さんに女の子がいる方は、ひなまつりの時にこうした歴史を教えて、“自分を大切にしてほしい”と伝えていってほしいと思います」。

ひなまつりの意義をたっぷり学んだところで、いよいよ実習に移ります。

<後半へ続く>