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「能楽講座」能楽師 泉先生インタビュー(前編)

「能楽講座」能楽師 泉先生インタビュー(前編)

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ユネスコの無形文化遺産にも登録されている「能」。「一度は見てみたいけれど、ちょっと難しそう…」と思っている方も多いのでは?四季彩和倶楽部の第3回目のイベントでは「能楽講座~高砂・羽衣~&車屋の会席料理」と題し、能を初めて観る方にもおすすめの解説付きの講座を行います。
演者で講師の泉 雅一郎先生に、能の世界の基本から詳しくお話を伺いました。前後編でお送りします。⇒泉 雅一郎先生のプロフィールはこちら

能はそれぞれの役割がプロフェッショナル

― 泉先生は「観世流・シテ方」ということですが、まず基本的なことですが、「シテ方」とは何でしょうか。

能というのはセリフをすべて謡(うたい:声楽)で表現する劇で、すべての役は完全分業制になっています。大きく分けると、謡と演技を担当する「シテ方(主役を担当)」、「ワキ方(脇役を担当)」、「狂言方(狂言を担当)」と、伴奏を担当する「囃子方(笛方・小鼓方・大鼓方・太鼓方)」があります。能は、それぞれの役籍(役割)を担当する人が決まっていて、シテ方がワキを演じたり、笛方の人が大鼓を叩いたりすることはないんですよ。
「シテ方」の役回りは幅広くて、シテ(主役)の他に、ツレ(シテが連れている役)、子方(子役)、地謡(じうたい:後方で、情景や登場人物の心理を謡で表現するコーラスの役)、後見(こうけん:後方に控えて、小道具を渡すなど進行を助ける役)もシテ方が担います。ワキ方が担当するのは、ワキとワキツレ(脇役の連れている役)だけです。


△能の登場人物の中で能面を付けるのはシテ(主役)だけ。ワキは付けない

―― 現代の舞台俳優のように、ひとりの役者がある時は主役をやったり、ある時は脇役をやったりすることはないのですね。あと、「観世流」というのは何ですか。

観阿弥を祖としたシテ方の流派です。シテ方には観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流という五つの流派があります。ワキ方、狂言方、囃子方にもそれぞれ流派があるんですよ。シテ方以外のワキ方、狂言方、囃子方を合わせて「三役」と言って、江戸時代はシテ方の各流派にそれぞれ座付き(専属)の三役が付いていたのですが、明治時代以降、座付き制度はなくなりましたので、様々な流派の人達と組んで一つの舞台を舞います。

―― なるほど。先生は、シテ方という役籍の中の、観世流という流派のお家でいらっしゃると。

そういうことになります。祖父、父、叔父も能楽師で、僕で三代目です。祖父がなぜ能楽師になったかは聞き損ねましたが。叔父には子どもがおらず、私がこの稽古場兼自宅を譲り受けました。私は3歳で子方としてデビューしました。

―― では、そこからずっと能楽師一筋、というわけですか。

いえいえ。能楽師は子方としてデビューしても、中学や高校で声変わりした頃にちょっと離れて、囃子の勉強や楽器をやる人が多いんです。私も出戻りで、大学を出てサラリーマンも3年やりました。子どもの頃は父親に師事していましたが、二十代後半で戻った時は大阪の大槻能楽堂で勉強して試験を受け、重要無形文化財保持者の認定を受けました。
その後、東京に戻ってきてからは銕仙会の先代の故・観世銕之丞さんに師事して現在に至ります。出戻りで、ちょっと出遅れているんですけれど…僕らの修行というのはすごく時間かかるもので。もう一生が稽古ですから。

―― 一生が稽古…奥が深い世界ですね。ユネスコの無形文化遺産になるほど、日本で能が長い時間を経て残ってきたのは、その奥深さゆえでしょうか。

能は「世界最古の仮面劇」としてユネスコに登録されていますが、習得するまでにすごく時間のかかる芸能なんです。表面的に触ってすぐにできるものではないから、かじり出すと、どんどん…まだまだ…という感じで、いつのまにか時間が経っているということが多いんじゃないのかな。

こうして能楽が残ったのも、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康も好んだということもあるし、江戸幕府が「式楽」として能を認めてからは、武士の教養課程にもなりました。能は難解なんですけれども、入り込むとやっぱり奥が深くて、入れ込んじゃうんだよなあ(笑)。政治も忘れてお能ばかり舞っていた将軍もいたようですし。

一回限りの真剣勝負

―― 先ほど流派がたくさんあるとお聞きしましたが、流派によって能の演じ方は違うのでしょうか。

ええ、微妙に違います。シテ方は五流ありますが、囃子方の人たちはその全ての流派に合わせなければいけないので大変なんです。また、囃子方の中にも、例えば大鼓方には葛野、高安、大倉、石井、観世流があるなど、囃子方のそれぞれの楽器の演奏法にも同じように多くの流派があり、様々な流派同士が合わせていくのです。
「申し合わせ」といってリハーサルをやるのですが、その時に、やっぱり大鼓と小鼓がうまく合わない…というようなことも起こります。それを合わせ、さらに同時にシテ方の舞や地謡とも合わせて、細かな調整をしていきます。

―― それだけの流派が息を合わせるには、リハーサルは何回も行うんですか。

いいえ、リハーサルは一回限りです。僕ら、お能というのは何回もやると、だれてきちゃうというか、なぁなぁになってしまうとダメなんです。もう真剣勝負なの。重い楽曲になると「下申し合わせ」と言って、二回することもありますけれど、それ以上はしないです。

―― 一回だけとは驚きました。

能も古典で「型」という枠組みがあるから合わせられるのです。その枠を越えてはダメですが、でも、枠の中では自由でいい。その枠の中で自分の個性を発揮して、お客さんが「ああ、あの人やっぱりうまいねえ」と言われる人が名人になっていくんですね。自由にできる枠はとても狭いですが、微妙なところがやっぱり人によって違うんですよ。それがわかってくると、能でも歌舞伎のようにひいきの演者などが出てくるわけです。

能の動きは組み合わせ


――能の演目はいくつぐらいあるのですか。

演目の数は240~250番ぐらいでしょうか。一番短い演目で30分、長いものですと、演じるのに2時間半ぐらいかかりますが、そのうち20番くらいはすぐに舞えるよう、常に頭に入っていますね。

―― それだけのものを、舞も謡もすべて覚えるというのは大変ですね。

能の舞というのは、実は単純な動作の「型」の組み合わせで一つの曲ができているんです。「この演目だけの型」というのはほとんどなくて、基本的な動作の型は同じなので、その組み合わせで覚えていきます。

―― 例えばどんな型があるのですか。

能では必ず扇を持って舞いますが、例えば「差し込み」「開き」という動きがあります。「差し込み」は扇を指し込むようにして、気がスーッと一点になる。それをまた元に開いていくのが「開き」です。あとは「左右」といって、左や右に向ける動作や、「打ち込み」という動作もあります。それらの動きの組み合わせで、一つの曲ができているわけです。歩き方は、基本は「摺り足」といって、かかとを絶対に上げない。そうした型を最初に覚えます。


△差し込み


△開き

―― 「摺り足」は有名ですよね。

骨盤をクッと立てる姿勢で歩くとそうなるのです。理論的には、骨盤を立てた状態で上半身だけを後ろに戻した状態で立ち、少し前のめりに前傾になって歩く。要するにスキーの前傾姿勢みたいな感じですね。このままだと膝が伸びた状態では歩けません。だから膝を少し曲げて摺り足になるんです。まさにスキーの直滑降と同じ姿勢ですね。


△能の基本姿勢

―― その姿勢でずっと演じなければならないというのは、相当大変ですね。

能は「足の芸術」と言われますね。摺り足で歩くと頭が上下に揺れず、一定になります。能の面(おもて)も足袋も白いでしょう。その白さの、ほんの少しの動きで感情などを表現するものですから、体の他の部分はなるべく一定にして動かさないのです。

摺り足はインナーマッスル、体幹を鍛えるのにいいらしいです。お能を一番舞うとかなり汗をかいて、季節によりますが1kgから1.5 kgくらい、長い曲目だと2 kgぐらい体重が減ったりしますね。

―― 動きだけでなく、謡いながらですものね。ちなみに能の台詞が書かれた台本というのはどういうものなのでしょうか。

こういう「謡本」で練習します。これが能楽師の教科書のようなものです。一音節に「ゴマ点」という点や、鍵かっこのような記号が付いていて、それに合わせて発声していきます。昔の古い本だと、ゴマ点や記号は書かれていなかったんですよ。先生から口伝で習ったものを自分で書いていきました。

―― お経の経本みたいですね。

泉 発声の仕方も、じつはお坊さんの声明念仏とそっくりなんですよ。僕も高野山の声明とコラボレーションしたことがありますけれど。日本の古典は、義太夫にしても、お能にしても、お経の影響を受けているのかもしれませんね。だからお坊さんは、謡を謡わせたら上手だと思います。

<後半へ続きます>

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