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「能楽講座」能楽師 泉先生インタビュー(後編)

「能楽講座」能楽師 泉先生インタビュー(後編)

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能楽師の泉 雅一郎先生に、能の世界の基本から詳しくお話を伺うインタビュー。目からウロコのお話がどんどん出てきて、ますます興味が湧いてきます。<前編を読む>
⇒泉 雅一郎先生のプロフィールはこちら


能は神に捧げる芸能

―― 能舞台も独特ですよね。必ず板壁に大きな松の絵が描いてあって。

これは「鏡板(かがみいた)」と言います。だいたい「老松(おいまつ)」といって古い松が描かれています。この松に、演能を始める前に神様が降りるんですよ。

―― 松に神様が舞い降りる。

そうです。能は、どの演目にも「神様に捧げる」という意味があります。演目にもよりますけれど、演能を始める前に、必ず最初に「次第」というのを謡います。よく「式次第」っていうでしょう、あの次第です。次第は、僕たちは舞台上で松の方を向いて謡います。お客さんにお尻を向けるわけです。これは「今からこういう能を始めますよ」ということを神様に宣言してから演能を始めるということです。

―― 能を舞うこと自体が神様への奉納になるわけですね。

それから、この稽古場にはありませんが、本舞台の西側に「橋掛り(はしがかり)」といって長い橋のようなものが伸びていて、その向こうに五色の幕がかかっています。シテはその幕から出て、橋掛りを通って登場します。要は橋掛りが三途の川みたいなもので、あの世とこの世の間の橋なんですよ。
能の演目のあらすじというのも、その多くは「異界の者であるシテが、現実の旅の者であるワキの前に姿を変えて現れ、やがて正体を現す」…という物語のパターンがあります。

―― 「夢幻能(むげんのう)」とか、聞いたことがあります。能は舞台も内容も、異界や神とつながっているんですね。

現実世界だけの物語もありますけれど。お能の演目の流れは、前半の「前場(ぜんば)」があって、間に中入りの「間(あい)狂言」を挟み、後半の「後場(こうば)」で終わるという「二場物(にばもの)」が多いです。

前場では、名所旧跡を訪れる旅人(ワキ) の前に、神・霊・精などの主役(シテ)が現れて、その土地にまつわる伝説や出来事を語って、最後に「私こそ、そのゆかりの者だ」と言い残して消える…と、ここまでが前場です。

そして後場で、旅人の夢の中にその者の霊が現れて、昔の出来事を舞ってみせて、旅人の夢が覚めるとともに消えていく…というような後半の流れになります。

―― 今回、車屋で上演していただく「高砂」も、そういう流れのお話なのですか。

そうですね。「高砂」は、神社の神主(ワキ)が高砂浦を訪れ、名木の「相生松」の周りを掃き清めるおじいさん(前シテ)とおばあさん(ツレ)に出会います。老夫婦は、この松が遠く離れた住吉浦の松と同根で、自分たち夫婦もこの松と同様、遠く離れても心を通わせているんだよ…という話をして、実は自分たちは松の精で、おじいさんは住吉明神だと語り、住吉で会おうと神主に約束して消えていくまでが前場になります。


△「高砂」の松の木陰を掃き清める老夫婦(前シテとツレ)

―― 神主が旅人であり、ワキなのですね。そして前場の後には、中入りに「間(あい)狂言」があると。「狂言」というと面白おかしい…というイメージがありますが。

狂言は、狂言だけで上演するものに関しては面白おかしくやりますが、能の中の「狂言方」として行うものは「間(あい)狂言」といって、まったく別物です。間狂言というのは、シテが退場した後の舞台で、狂言師がワキと問答して、「あなたがさっき出会ったおじいさんは、多分こういう人なんじゃないですか。この地方にはこういう伝説があって…」と、物語の途中の説明をするんです。シテはその間に楽屋で、後場の装束に着替えるわけです。

―― なるほど。後場の装束に着替えている間の狂言、ということですね。

前場と後場で全く違うものが演じられるわけでなくて、おじいさんの格好でおじいさんの役(前シテ)だったのが「実は、私は源義経だ」という話であれば、後場では源義経(後シテ)の姿となって現れます。それを前場・後場を通して、同じ人が演じるわけです。

「高砂」の後場の物語は、神主の一行が住吉に赴くと、そこへ「住吉明神(後シテ)」が現れて、颯爽と舞を舞い、人々に寿福を与える…という流れになります。


△「高砂」の後シテである住吉明神

―― 能の物語の構造がよくわかりました。もう一つ、車屋で舞っていただける「羽衣」も前場と後場があるのですか。

「羽衣」は「一場物」といって、いきなり後場の登場人物から始まる演目です。

「羽衣」の物語は「羽衣伝説」が元になっていますが、あらすじをお話しすると、三保の松原で水浴びをしていた天人(=天女:シテ)が、羽衣を松にかけ忘れていってしまった。それを漁師(ワキ)が見つけて、「これはすごいものだから、国の宝にしよう」と持ち帰ろうとしたところに、天人が「返してください」と現れて、漁師と問答します。それで、「人間が見たことのない天人の舞を見せてくれたら返しますよ」ということで、天人は羽衣を返してもらい、舞を舞って上空に消えていく…簡単に言うとそういうお話です。

「羽衣」では、まず羽衣を脱いだ形の天人が出てきて、返してもらった羽衣は舞台上で着るので、中入りというのはありません。「物着(ものぎ)」といって、舞台の中で後見が着せるのです。


△「羽衣」の天人(天女)

―― なるほど。一場物の「羽衣」の方が、演目としては時間が短いのですか。

実は、そうとも限らないのです。舞の時間がゆっくりなので、一場物でも長い演目もあります。「高砂」は舞が早くて、「羽衣」はゆっくり。早い舞よりも、ゆっくり動くものの方が実は疲れるんですよ。


クライマックスの舞が見られる貴重な体験

―― 今回、車屋では「仕舞(しまい)」を舞うということなのですが、仕舞とは何でしょうか。

お能の中の主要な部分だけを紋付袴で面(おもて)を付けずに舞うのを「仕舞」と言います。それに楽器が入るのが「舞囃子」。面をつけて装束を着て正式に舞うのが「能」です。今回は、自分が舞った能の映像をバックに、その前で、紋付袴で舞います。さらに解説を付けて分かりやすくお能を説明します。

―― なるほど。いきなりクライマックスの舞を見せていただけるのですね。

「高砂」の中からは、「神舞」というテンポの速い、めでたい舞を舞います。「羽衣」からは「和合の舞」といって、静かな序の舞から破の舞という少しテンポのよい舞に変わり、キリの部分で、三保の松原から富士山の方に天高く消えていく、という場面をやります。

能楽堂だと、舞台と見所(みどころ:客席)との間には、通常、白い玉砂利を敷き詰めた「白洲」があって、かなりの距離があります。でも、車屋さんは大広間ですので、目と鼻の先で舞いますから迫力を感じていただけると思いますよ。

―― 楽しみです。面や装束も見せていただけるのでしょうか。

「羽衣」で使う、「増(ぞう)」という、少し神がかった顔をした女性の面を持っていきたいと考えています。触ってもらうことはできませんが、身近で見る機会はなかなかないと思いますので。装束も、「羽衣」の長絹という、一番上に着る白地に金の鳳凰の絵が描いてある装束と、天人が頭にのせる「天冠(てんかん)」もお見せできればと思います。


面や装束が象徴するもの

―― 能面を見せていただけて光栄です。小さいものなんですね。

これは「若女」という種類で、紫式部や和泉式部などの美しい女性を舞う時の面(おもて)です。僕たちは能面のことを面(おもて)と呼びます。小さいでしょう。顔に合うよう、裏側に小さな座布団のようなものを付けて演者の顔に合わせ、面紐で縛ります。

―― 動くことで、この面に表情が出てくるわけですね。

泉 そうです。能面は、翁の面でにこやかな顔がありますけれど、あとの面は普通の表情か、少し悲しんでいるような表情をしています。それに動きを付けることで喜びや悲しみを表現していくわけです。こういう風に顔を上に向けることを「照らす」といって、嬉しそうな表情に見えるでしょう。そして、下に向けることを「曇らす」といって、寂しげな表情になります。ほんのわずかの差ですが、これが表情になるんです。


△顔を上げて「照らす」ことで喜びを表現


△顔を下に向けて「曇らす」ことで哀しみを表現

面はシテが付けることで初めて生きてくるんです。よく家の中で能面を飾っている人がいますけれど、表情がないから気持ち悪いと思う(笑)。外国の人に言わせると、能面はデスマスクみたいだと言いますね。痩女・痩男という面もあって、そういうのは病気で死ぬ直前の顔を写したんじゃないかな…と僕も思ったりします。

―― 面を裏側から見てみると、目の穴はとても小さいのですね。

女面は目の形を四角く切り抜いてあるんです。女面だけが四角で、あとの面の目は丸く切り抜いています。女面の目を丸く切り抜いてしまうと、とてもきつい顔になってしまうのですよ。昔の人の工夫はすごいな…と思います。

他にも、例えば怨霊の面には、「金環」といって、目の周りに金属の輪がはめ込まれて、すごく目が強く作られています。一つひとつ、そうした工夫があるんです。能面は全部で70種類くらいはあるんじゃないでしょうか。女面も年齢によってさまざまありますし、尉(じょう:男性の老人の面)なら笑い尉とか朝倉尉とか、表情の違いでたくさんあります。

―― 目の表情も大事なのですね。ただ、視界がとても狭くて舞いにくそうです。

そのために、能の本舞台の東西南北の四方には柱があるんですよ。本舞台は3間四方(約6m)と大きさが決まっていて、その四方に柱があります。視界が狭くても柱は見えるので、「柱まであと何歩歩いたら、ここまで行くな…」というのを、僕らは動きながら計算しています。だから、ホールや野外など、柱がない場所で演じると、気を付けないと舞台から落ちてしまったりすることもあります(笑)。


△本舞台の四方に柱があり、上には屋根が付いている。ここは稽古場のため少し小さく作ってあるそう

―― 面以外の装飾品にはどんなものがありますか。

頭にのせる「天冠」でしょうか。金属でできているものもありますが、「羽衣」の天冠は、革で作られたものに金箔を塗ってあります。「羽衣」の天冠は月の形が基本で、「和合の舞」では鳳凰、「彩色の舞」になると白い蓮の天冠を付けるんですよ。他にも「龍虎」という、中国の物語を元にした龍と虎の戦いを描いた演目がありますが、その時は、片方が龍で、もう一人は虎の天冠を頭にのせます。

―― 物語を象徴するものを、のせているのですね。

そうです。天冠以外にも、ほとんどの演目で必ず持つものに「扇」があり、僕たちシテ方は「中啓(ちゅうけい)」という、開きやすく作られた扇を使います。この扇も実は、役によって中の絵柄が違うんですよ。「修羅物(しゅらもの)」と呼ばれる武将の話には、「勝ち修羅」と「負け修羅」という扇があって、義経の演目で使う「勝ち修羅」に描いてある絵は、日が昇る朝日。そして、負け修羅の方は沈んでいく夕陽が描かれているんです。

―― 能は、物語も、舞台も、面も装束も、様々なものが象徴的に作られているんですね。


初めて能を鑑賞する方のために

―― 今回、車屋で初めて能に触れる方もいらっしゃると思います。初めて見る方に能の鑑賞のアドバイスを。

能は、なるだけ余計な物を取り去って表現する芸能です。予備知識がないと、「なんだか全然動かない、退屈だなあ」と思ってしまうのは当たり前。古典だから理解しにくいですので、最初に「あらすじ」を頭に入れてから観に行くといいと思います。今は、漫画になっている能の本もありますので、そういった予備知識があると「今、こういう場面なのだな」ということがわかって楽しめると思います。

今回演じる「高砂」と「羽衣」というのは、例えば「高砂」なら、結婚の披露宴の席でも知られた演目ですし、「羽衣」も、昔話の羽衣伝説を知っている人は多いと思います。そういった一番ポピュラーな演目を選びましたので、お楽しみいただけると思いますよ。

―― ありがとうございました。

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